神聖四文字「ヤハゥエ」の読み方

神の名”YHWH”の読み方は、一応「ヤハウェ」が正しいとされています。ただ、これも推定で、本当に「ヤハウェ」と呼ばれていたかどうかは、わかりません。
 私が長く愛用してきた文語訳聖書は「エホバ」となっています。

 もともとヘブライ語には母音表記がなく、モーセ五書は子音のみで書かれていました。このままでは読み方がわからなくなるということで、のちに母音符号を付記しました(字外母音符号)。ただし、”YHWH”(神聖四文字)は、「神の名をみだりに呼ぶことなかれ」ということで、符号をつけませんでした。
 やがてヘブライ語は、ユダヤ人の日常語ではなくなっていきます。
 紀元前516年、捕囚から帰った民は、神殿を修復し、神に奉献しました。第二神殿期の始まりです。
 前397年、学士エズラはバビロンを出て、エルサレムに入りました。

「ここに、民みな一人のごとくなりて、水の門の前なる広場に集まり、学士エズラに請いて、エホバのイスラエルに命じたまいしモーセの律法の書を携えきたらんことを求めたり。」(ネヘミヤ記8:1)

 イスラエルの民を前にしてエズラは、あけぼのから正午まで、モーセ五書を読み上げました。おそらく、まずヘブライ語で読み上げ、それから民の言葉であったアラマイ語に敷衍訳をして語ったものと思われます。
 このとき、すでに、ヘブライ語は一握りの学者にしか読めないものとなっていたわけです。

洗礼者ヨハネ  話は戻りますが、”YHWH”の名を呼ぶことを避けるために、”YHWH”の語の下に「アドナイ(主)」という言葉を付記して、神の名を読みました。ですから、新共同訳聖書の「主」という訳語は、あながち、間違いではないのです。
 紀元前3世紀頃になると、聖書筆記者は、”YHWH”の単語の下に、「アドナイ」の字外母音 E・O・A を添えるようになりました。
 16世紀の神学者が、それをひとつの単語と解釈して、YEHOWAH(エホバ)と読んだため、「YHWH=エホバ」が定着してしまったのです。

 ところで、新約聖書のなかで引用されている旧訳聖書の言葉は、ギリシャ語七十人訳聖書からのものです。七十人訳は”YHWH”に「キュリオス(主)」というギリシャ語をあてました。
 プロテスタントはルターの考えに従って、ヘブライ語聖書にふくまれない文書(アポクリファ。新共同訳聖書で続編となっているもの)を聖書から除外します。しかし、旧約聖書の聖典化は、ギリシャ語七十人訳(旧約)聖書よりもはるか後であるということは知っておく必要があります。
 七十人訳聖書の完成が紀元前3世紀です。ヘブライ語聖書が正典(カノン)として成立したのは、紀元後100年頃です(紀元70年、エルサレムはローマに滅ぼされました。 国を失ったユダヤ人は民族の危機を感じ、ヤブネに集まり、宗教会議を開きました。そこで、初めて、モーセ五書以外の諸書が正典として決定されたのです)。

 キリスト教徒は、旧約を自分たちの聖書としました。もし、ギリシャ語聖書がなかったら、果たして使徒や教父たちは、旧約と新約を一巻のものとしただろうか。歴史に「もしも」はないのですが、面白い問題です。

「神の名を『ヤハウェ』と呼んだ聖書は、一つの民族の聖書であった。神の名を『主』と呼んだ聖書は、世界の聖書となった」
と、ある神学者は言いました。
(1998.10)